聖牛

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明けましておめでとうございます。

今年もNityaニティアを宜しくお願いいたします。

スタッフのchieです。

 

 

 

さて、今回は牛のお話をしたいと思います。

今年は丑年という事で...

 

 

 

現代の日本では、身近で牛を見かけるなんてことは全くないですが、そもそも野生の牛というものがまだ日本に居るのかどうか、牛って野生のものがいるの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんよね。

牛は、昔は日本でももちろん野生動物として生きていましたし、農作業や物を運ぶ際の労働力として、人間の生活に欠かせない動物でした。

牛が十二支に加えられたのは、牛のよく働く姿が「誠実さ」を象徴し、身近にいると生活を助けてくれる縁起の良い動物として考えられたためなのだとか。

 

学問の神様の菅原道真をまつる福岡の太宰府天満宮には丑(牛)の像が置かれています。

これは、菅原道真が暗殺されそうになったところを飼い牛が救った、道真の遺体を運んでいるときに牛が座り込んで動かなくなったのでそこに埋葬した(その場所が大宰府天満宮)など、牛と道真にまつわる様々な言い伝えがあることからなのだとか。

また黙々と働く牛の様子は道真の教えに通じるものがあり、そのことから牛を神の使いとして祀っているのだそうです。

 

 

牛は日本だけでなく、世界中で人間の生活に欠かせない動物です。

ご存知かもしれませんが、特にインドでは、牛は特別な動物として扱われています。

 

 

 

 

 

 

私が詳しいのはインドの牛だと思いますので、今回はインドの牛のお話をします。

少し長い前置きとなりましたが、インドの牛についてお付き合いください。

 

 

インドを旅するということは、とても心に残る経験です。
この国の長い長い歴史の中で築かれた見事な建築物を見たり、今も先祖代々受け継がれた工芸職人の技に触れたり、日本にはない食べ物を食べる経験はもちろんのことですが、街中にある道路に触れるだけでもとてもエキサイティングです。

インドの道路では、車やバスや自転車やバイク、ラクダ・馬が引く車、人力車や三輪バイクタクシー(リクシャー)や手押し車が同じ道で先を争うように走っています。

最近は、所々で警官が立ち交通整理をするようになり、車は左側走行が徹底(イギリス植民地の名残かもしれません)されているように思いますが、少し前までは道路上ならどこでも運転といった感じで、道路を横断したい歩行者もそこに加わり、道路はまさに全てが機能的な無秩序のカオスといった状態でした。

 

怖くて渡れないと言っていると街のどこにも行けなくなるように、うまく立ち回れないとインドでは何もできなくなってしまいます。

今でもその状態はあまり変わりがなく、そもそも横断歩道を渡っていてもダッシュしなければならず、車もバイクもラクダさえも歩行者のために止まってはくれないのです。

 

 

そんな大混乱の道路のど真ん中に、周りの騒々しさには全く無頓着なのんびりとした動物が居座っていることがとてもよくあります。

 

 

それが聖牛です。

 

 

なぜか、ほとんどの牛にとって道路の真ん中あたりがお気に入りの場所となっていて、歩行者を避けてもくれない車もバイクもリクシャーも、全てがこの聖牛を避けてどんどん進んでいきます。今日は一段と大混雑だなぁと思った道路の先には牛が寝転んでいたということは意外にも多いのです。

 

 

牛たちは道路の真ん中で何をしているのでしょう。

 

 

道路の真ん中に牛。はインドの風物詩。 
というのは間違いではないのですが、意外にもそこには理由があるようです。

インドの牛たちはわざわざ交通量の多い道路を好んでうろついているという事が最近の調査で分かってきたのだとか。

バスやトラック、車やリクシャーやバイクなどから出る排気ガスが、牛たちにしつこく纏わりつくハエを追い払う効果が絶大にあるのだそうです。

ハエも寄って来ず気分良く居られる道路の真ん中は最高の場所なのだとか...

 

 

日本人の私たちからすると、まず牛が街をうろついている自体が不思議な事で、ましてや道路に牛が平然と鎮座しているとなるともう摩訶不思議です。

 

そもそもインドでは、全ての動物(虫なども)が神聖視されています。
ヒンドゥー文化では、と言ったほうが良いかもしれません。

 

そしてその聖なる動物たちの頂点に立つのが、この牛となっていて、他の動物たちは牛である聖牛の足元にも及ばない存在なのです。
聖牛はインドの精神世界の特別な一角を占めている存在なのですね。

 

エジプトでピラミッドが建てられたり、バビロニアで法典が編纂されたり、中国で紙が発明されるよりももっと以前に、インド人は遊牧生活をやめて農業を基盤とした文明を発展させてきました。

遊牧生活は今でもアフリカやヨーロッパ、アメリカ、アジア諸国で行われています。

そして帝国といった大きな統治にまで発達させ、マハラジャは硬貨を流通させて商業を盛んに行いましたが、硬貨を使用したのは主に商人であり都市部に限られ、地方では硬貨の使用はあまり盛んではありませんでした。

 

地方での富は硬貨ではなく、その家の牛の所有数によって計られるのが盛んだったのです。
牛は、労働力や品物と交換できる立派なものとして、広く人々に認められる存在となっていました。結婚式では堂々と持参金代わりとして贈られたり、仕方なく借金や税金の代わりとして差し出しても認められる価値があったのです。

 

牛の使いみちはその他にもあり、特に牛乳はインドの人々の主たる栄養源となっていました。
ギーと呼ばれるオイルやパニールと呼ばれるチーズ。インドのチャイに牛乳は欠かせません。

また現在でも牛の糞はインドでは燃料として使用されていて、干草と混ぜられた牛糞の固形燃料はカウダンと呼ばれ人々が暖をとるだけでなく、インドの地方の人口の3/4は台所の煮炊きの燃料として使用しているのだそうです。

インドの食事の主流は菜食であり肉食ではないので、神聖視される牛が食用となることはほとんどありません。

農耕や運搬の労働力となり、高栄養源や暖取りや煮炊きの燃料を作る牛はインドの人々の生活に欠かせない生き物、まさに聖牛なのです。

 

 

 

 

そうした神聖視された牛たちは、年老いてきて働けなくなると家に置いておけなくなり、放されて野良牛となります。

インドの街をうろついている野良牛は皆年老いて働けなくなった牛たちなのです。

 

ヒンドゥーの世界では、牛が家で繋がれたまま死ぬと、飼い主は贖罪のためにインド中のヒンドゥー教の聖地を巡礼しなければなりません。そして巡礼から帰った後も村中のブラーミン僧に食事を捧げなければならず、聖牛を家で死なせることは厄だと考えられているのです。

 

しかし働けなくなった牛が家で亡くなると厄だからと放たれても、インドの街中で野良牛たちが路頭に迷い、飢え死にするようなことはないのです。

インドでは食事が作られるたびにチャパティ(ロティー)と呼ばれるパンが牛のために用意されます。これは言わば神様へのお供え物です。

道端で牛が見つけられれば、家の戸口まで連れてこられてチャパティが与えられるのです。

お祭りの日などには甘いお菓子が与えられることもあります。

 

 

ヒンドゥーの世界にはクリシュナという皆に人気のあるヒーローのような神様がいるのですが、彼は牛飼いの家に生まれ育ち、牛に草を食べさせ笛を吹いて牛のご機嫌をとっていました。だからクリシュナの別名はゴーパル(牛の世話をするもの)と言うのだとか。
ヒンドゥーの世界では、牛の世話をするということは神聖な義務を果たすということと深く結びついているのです。

 

また、最古のヒンドゥー経典の一つである「プラナ」によると、乳海攪拌(にゅうかいかくはん)の際に生み出された様々な宝物のうちの一つが「カムデヌー」と呼ばれる牛で、カムデヌーは全ての願いを叶えることができる牛であり、インドの人々は今も一頭一頭の牛をカムデヌーとみなしているのだとか。
※乳海攪拌とは、ヒンドゥー世界における天地創造の神話で、アスラと神々がアムリタと呼ばれる不老不死の霊薬(永遠の幸せのようなもの)を作り出すために海を攪拌した物語。

 

 

 

 

ヒンドゥー世界では昔から牛の重要性を説いたお話は本当にたくさんあるのです。

今後牛の話をする機会はもう無いような気もするので、インドの古代王国パータリプトラの王のお話を最後にご紹介します。

 

 

 

古代王国パータリプトラの王さまは富や名声、知恵もあり、全てのものを持っていると言ってもよかったのですが、跡継ぎとなる息子だけがいませんでした。

息子がどうしても欲しいと思った王さまは、王女を連れて森の奥深くに住むグル(導師)を訪ねました。

グルは王さまの来訪の目的をすぐに察知して、そして言いました。

「陛下、あなたは寺院で祈りを捧げた帰りに寺院の外にいたカムデヌーの前を素通りしましたね。あの牛は不思議な力を持つ牛なのです。もし王子となる息子を望むならば、牛の世話をしなければなりません。」

王さまは真摯に答えました。

「牛の世話をするといいことがたくさんある。私はどんな牛の世話でもしよう。」

グルは真っ白な牛の世話をするように王さまにアドバイスをしました。

王さまはグルのアシュラム(道場)で真っ白な牛の世話に精を出しました。

朝は放牧のために牛を牧場まで連れ出し、夕暮れまで牛の番をして、餌を食べさせ水を与え、ハエを追い払って過ごした。アシュラムに牛と共に帰ると、王さまの代わりに王妃が牛に草や水を与えました。

王妃は毎日、朝夕2回、オイルランプに明かりを灯し、線香を焚き、花を摘んで飾り、牛に祈りを捧げました。
王さまは牛小屋の隣で寝起きをし、そうして二人は何週間か過ごしました。

 

そんなある日、牛が草を食んでいると草むらから虎が現れました。

それを見た王さまは絶望して、虎の前で手を合わせて牛を襲わないよう懇願しました。

虎は「陛下、私は女神ドゥルガーに仕える身です。私には獲物が必要なのです。」と言いました。

王さまは膝をついて牛の命乞いをし、代わりに自分を襲うようにと懇願しました。

王さまの献身的な愛情により天から花のシャワーが降り注がれました。

そして真っ白い牛が話し始めました。

「王よ。お立ちなさい。虎はあなたの信仰心を試すために私が創り出した幻だ。」

牛は王さまと王妃に自分の乳を聖なる贈り物として飲むように言い、そうして一年も経たないうちに王子となる息子に恵まれることとなったのだそう。

 

 

 

こうした牛を讃える神話はたくさんあり、今日でも牛を拝むことは伝統的に続いています。

 

インドで牛が崇められる他の理由としては、ヒンドゥー世界では牛の尻尾を握りながら一緒に浄土の川を渡ってからのみ極楽浄土に行けるという言い伝えがあるのだとか。いわば牛は極楽浄土へ行くための船頭だと考えられてもいるようです。

 

インドでは、牛だけが神聖視されている動物というわけではありませんが、その中でもやはり牛はその特等席を占めているように思います。

 

 

 

 

 

さて、牛のお話はこれでお終いです。いかがだったでしょうか。

 

今年も皆さまにとって実りのある歳となりますように。

 

 

 

 

Chie

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