ナワラトゥナ(ナヴァラトナ)を辿る旅 インド・ダイヤモンドの石物語

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こんにちは、Nityaニーチャスタッフのchieです。

 

今回は今滞在しているインドで、以前はよく産出した最も高貴な宝石であり、ナワラトゥナ(ナヴァラトナ)の9つの宝石の1つでもあるダイヤモンドの有名なお話をお伝えしようと思います。

 

ナワラトゥナ(ナヴァラトナ)は、アジア全般に伝わる「9つの宝石」がついたお守りジュエリー。

9つの宝石で出来ていることからナインストーンとも呼ばれ、9つの宝石が空の彼方にある9つの惑星とリンクし、人生をより良い方向へと導くと言われています。

 

またダイヤモンドはナワラトゥナ(ナヴァラトナ)では金星とリンク した宝石です。

宝石にはたくさんの伝説や物語があり、それがまた人々を惹きつける魅力だと思いますので、ここでも少しづつお伝えしていきますね。

 

 

 

世界一有名なダイヤモンド「コー・イ・ヌール」

 

「コー・イ・ヌール」はインドで産出した世界一有名なダイヤモンド。

18世紀までアジアの主にインド地域で様々な王が壮絶な奪い合いを行った歴史があり、現在の所有国はイギリスとなっています。

 

でもインドなどでは、「コー・イ・ヌール」はイギリスに盗まれたダイヤモンドという意識が強く国民の奪還活動が今でも活発なよう。

1947年にインドが、また1976年にはパキスタンがこのダイヤモンドの返還をイギリスに要求した歴史もあります。

 

どれだけのアジアの王が奪い合ってきたのか。

 

アフガニスタンの国王、シャー・シュジャは「コー・イ・ヌール」についてこう説明しています。

 

「このダイヤモンドは幸運の女神なのだ。このダイヤモンドを持つ者は誰でも、全ての敵に打ち勝つことができる」

 

当時は国の領土の争奪が激しい時代、諸国の王にとっては敵に打ち勝つ希望を与えてくれるものは何物にも代え難い価値があったのでしょう。

また「コー・イ・ヌール」はとても大きなダイヤモンド。その大きな輝きが「敵に必ず打ち勝てる」という自信を持たせたのではないでしょうか。

では、これから「コー・イ・ヌール」の石物語を紐解いてみますね。

 

 

 

 

アジアの権力者たちを虜にしたバーブルのダイヤモンド

 

「コー・イ・ヌール」は、ヒンドゥーの古い伝説ではインドの叙事詩「マハーバーラタ」の中に登場する英雄の一人が最初は持っていた。
とも言われていますし、ガンジス川の支流であるヤムナー川のほとりに捨てられていた子供の額から発見された。など様々な伝説があります。

 

正確に歴史がわかっているのは14世紀からで、インドのマルワの王様が所有者だったようです。

 

ですが次々に所有者は変わり、ダイヤモンドを次に手に入れたのがティムール王国のプリンス、バーブル王子。

 

ティムール王国はインドに攻め込み、インドをかの有名なムガール帝国とした国です。
バーブル王子がムガール帝国建国後、ムガール帝国が約200年間このダイヤモンドを所有し続けたと言われています。

 

ダイヤモンドがバーブル王子の手に渡った時にはすでに、インド周辺諸国ではとても有名な宝石となっていて、バーブル王子も回想録でこのダイヤモンドを手に入れた時のことについて興奮気味に語っているほどだとか。

 

またその回想録によると、このダイヤモンドの価値は、全世界の人が1日に使うお金の半分に相当すると書かれているようです。

 

すごいですね!

 

 

 

でもその当時はまだ、このダイヤモンドに名前はありませんでした。

そこでムガール帝国ではこのダイヤモンドを「バーブルのダイヤモンド」と呼んだのだそうです。

 

ムガール帝国の歴代の王様たちは、美しいインドのどのダイヤモンドよりもこの「バーブルのダイヤモンド」を大切にし、ダイヤモンドを手に入れようとする者から守ってきたという逸話が残されています。

逸話の中には、バーブル王子の息子が重い病気になって病状が一向に改善しない状況の時に、ダイヤモンドを狙う人物がバーブル王子に「息子を救うために、あなたが一番大切にしているものを犠牲にしたほうがよい」と占いめいた進言をしたそうですが、その際にもバーブル王子は「一番大事なものは、自分の命だ」と答え、自分の命と引き換えに息子の命の救済を祈ったのだとか。

 

また、この息子は一命を取り留めますが、バーブル王子の死後、インドは侵略に遭い、息子はムガール帝国から亡命します。

その際にも自分の一人娘は置き去りにしても、ダイヤモンドは肌身離さずに身に着けて亡命したと言われています。

そうして200年後、「バーブルのダイヤモンド」が「コー・イ・ヌール」と呼ばれる出来事が始まります。

 

 

 

ターバンに隠された「コー・イ・ヌール」

 

 

バーブル王子の子孫はダイヤモンドを守ることが出来ず、当時のペルシャ王であるナーディル・シャーが後の所有者となります。

ナーディル・シャーは以前から「バーブルのダイヤモンド」を自分のものにしたいと願っていました。

 

ナーディル・シャーはインドのデリーを侵略した際に、ムガール帝国の全財産の中から「バーブルのダイヤモンド」を探しながら58日間もかけてくまなく略奪したそうです。

ところがその中に「バーブルのダイヤモンド」は見つかりませんでした。

 

どこにあるのか更に探しているうちに「バーブルのダイヤモンド」はムガール帝国の王のターバンに隠されていることを知ります。

早速ナーディル・シャーは、ムガール帝国王を晩餐に誘い出し、「永遠の友愛のしるしに、古くからの東洋の習慣に従ってターバンを交換しよう」と持ちかけ、さっさとムガール帝国王からターバンを奪いさったのだそうです。

 

ナーディル・シャーは早速ターバンを広げてダイヤモンドを探すと、中からダイヤモンドが転がり出てきました。

感極まったナーディル・シャーは「コー・イ・ヌールだ!(光の山)」と叫び、その後このダイヤモンドは「コー・イ・ヌール」と呼ばれるようになったのです。

 

1747年にナーディル・シャーが暗殺されると「コー・イ・ヌール」を相続した彼の息子はこのダイヤモンドを狙う多くの人に狙われ、最後には拷問されてもダイヤモンドの在り処を話さなかったために惨殺され、ダイヤモンドは次の所有者であるアフガニスタンのドゥラニ王朝に移るのでした。

 

 

また、アフガニスタンのドゥラニ王朝でも「コー・イ・ヌール」を巡る争いは絶えませんでした。

 

ドゥラニ王朝の王には23人もの息子がいて、彼らが王位と「コー・イ・ヌール」を巡って争い出してしまったのです。

その争いにより18世紀初頭にドゥラニ王朝は分裂してしまい、冒頭で「コー・イ・ヌール」について熱い想いを語ったシャー・シュジャがダイヤモンドとともにアフガニスタンから亡命することとなるのでした。

 

 

英国王の至宝となったダイヤモンド

 

アフガニスタンから逃げ出したシャー・シュジャが向かったのはインドのパンジャブ地方のシク教徒の王国でした。

 

シク教徒の指導者であるランジード・シングはシャー・シュジャが大切にしている「コー・イ・ヌール」について、どれほどの価値があるものなのかを尋ねます。

 

すると彼は冒頭でのあのセリフである

「このダイヤモンドは幸運の女神なのだ。このダイヤモンドを持つ者は、誰でも全ての敵に打ち勝つことができる」と答え、その言葉を聞いたランジード・シングは心を乱され、なんと「コー・イ・ヌール」を手に入れたくなってしまったのだとか。

 

シャー・シュジャを保護したランジード・シングでしたが、彼から「コー・イ・ヌール」を奪ってしまうのでした。

 

しかし、その後1847年にシク地方はイギリス領インドに併合され、イギリス政府は賠償金の一部として「コー・イ・ヌール」を没収。

 

こうして「コー・イ・ヌール」はアジアを初めて離れ、遠くロンドンへ移り、セント・ジェームス宮殿でヴィクトリア女王に献上されます。

1851年にロンドンで開催された世界で初めての国際万博博覧会で、180カラットの世界最大のダイヤモンドとして公開されることとなったのです。

 

 

しかしその当時「コー・イ・ヌール」はイギリスでは人気がありませんでした。

カット技術が進んだイギリスでは、「コー・イ・ヌールは世界最大の大きさでも、カットは旧式で全然美しくないダイヤモンドだ」と言われていたそうです。

 

そこで「コー・イ・ヌール」はブリリアントに再カットされることが決まります。

再カットのせいでダイヤモンドは108.93カラットにまで減少しますが、美しさは最大限に引き出され、「コー・イ・ヌール」はヴィクトリア女王のお気に入りのダイヤモンドとして愛用されることとなるのでした。

「コー・イ・ヌール」はヴィクトリア女王の死後は正式にイギリスの国宝となり、1937年からはエリザベス王妃の王冠の前面を飾るマルタ十字にセットされ、現在もその状態でロンドン塔に陳列されています。

 

 

 

「コー・イ・ヌール」はイギリスで現在170年近く所有されていますが、今でもこうしてインドやその周辺諸国で返還を請求している事実があると、このままイギリスの所有が永遠だとは言い切れないのかもしれません。

 

 

 

長い長い流浪の旅路に終わりはあるのか。

 

「コー・イ・ヌール」を諦めない人々がその歴史を塗り替えていくのでしょうね。

 

 

今回はナワラトゥナ(ナヴァラトナ)の9つの宝石の1つであるダイヤモンドの石物語、インドで産出された世界一有名なダイヤモンド「コー・イ・ヌール」をご紹介しました。

 

 

 

 

Chie